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仕事とライフワーク

デキる人には、次から次へと仕事がやって来る。だから、どんどん仕事が増えるのは、「出来る人」という評価を得ているのと同じという考え方がある。

仕事を沢山抱えていることがよいことであるかのような考え方だ。高度経済成長の時期とか団塊世代の価値観だろうか。そしてこの考え方の延長線上に、先の電通で自殺に追い込まれた職員の環境があるのではないかと察する。


たしかに、放っておいたら仕事は増えてゆく。収益を上げるためのアイディアや、サービス向上のためのアイディア等を付け加えると、即、仕事は増える。増えた分は定時までの時間ではこなせなくなって、残業を余儀なくされる。

残業時間が長くなると効率も悪くなり、さらに長時間勤務へとつながってしまう。生活リズムが崩れると自律神経が弱ってくる。体調や精神に乱れが生じる。考えがまとまらなくなる。悪循環に陥る。


人には「適量」があると思う。忙しく働くことが適切なのではなく、適度にきちんと仕事を(仕事も、それ以外も)こなすことが適切なのだ。

デキる人だと評価されたいなどと欲張らないで、自分にとっての適量を見つけなければならない。

きちんと働いて得る充実感は、「働き過ぎ」の状態では得られない。働き過ぎる人たちは、働いても働いても満足することはない。次から次へと仕事が増えてしまうのは、どこかの管理が壊れているからかも知れない。最近「無理してるかな」と感じている人は、いま一度立ち止まって自分の姿を顧みてみるとよいかも知れない。


デキる人は、仕事量もきちんとコントロールできる。むやみに増やしたり、必要なぶんまで削減してしまったりしない。

さらにデキる出来ないにかかわらず、自分が本気で取り組み、惜しみなく自分の力を発揮する時、その仕事が自分の天職となる。そしてそれは、量の問題ではない。


量の問題ではないのだか、たとえばマザー・テレサのように。信念を持って取り組むべきライフワークと出会えたら「仕事に捧げた人生」と称えられる。寝る時間を惜しんでまで働いたマザーを、誰もワーカホリックなんて呼ばないし、ブラック企業とも呼ばない。


一生を通して、そんなライフワークに出会える人は幸せなんだろう。多くの人は出会えないまま定年を迎え退職する。ライフワークを探すことが人生の目的であるとも言える。