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人生の目的地

朝のバスに乗った。ある停留所に停まった時、約20名ほどの高齢者が乗っていらした。近隣の施設で何か会合があったのだろうか。若干高揚した雰囲気で、機嫌よくおしゃべりされていた。

皆さんとても仲良く、お友達のために席を取り置きしておいたり、譲り合ったりなど、常に笑顔が交わされている。ふと、後ろの座席に座ったご婦人が「あの横長の椅子(優先座席のこと)に座ると、まるで年寄りみたいだが。だからそこには座らんようにしとるわねー」と言うと、それに応えて別のご婦人が「あらぁ!あの横長の椅子は、わたしらのための席やと思うとったよ!」と笑う。それを聞いていた周りの仲間たちも「年寄りいうのは、わたしらのことを言うんじゃないんかなぁ」と大笑いして、ついつい関係のない私たちもつられて笑ってしまった。


加齢と共に視力や聴力などが低下して、若い頃には出来ていたことが、出来なくなって行く。実績や成果を上げることのみを人生第一の目標として生きてきた人たちは、この時点で方向性を失う。そして、よりよく生きるための新たな別の目標が掲げられる。つまり「幸せに生きる」ということ。


幸せな生き方とは、ずいぶん抽象的で相対的な評価といえる。たとえば誰もが憧れる「大金持ち」になったとして、果たしてそれが幸せなことなのかどうかは当事者でなければわからない。守るべきものが多過ぎると平穏には暮らせないのではないかとも想像する。

では、何をもって「平穏」なり「波風」がおこされるのか。多くの原因は他者との関わりの中から生まれると言える。そこにあるのは成果でも実績でもなく、ただ対峙し対面する個々の人間関係のみではないだろうか。そして、いずれ生涯の幕を降ろす時、「いい人生だった。ありがとう」と語りかける相手は、誰か「ひと」であって、お金や仕事ではないはずだ。


そう考えると、人生の目的地は、人間関係の充実にあると言ってよいだろう。


バスの中で陽気にはしゃいでいた20名ほどの人たちは、まさにその目的地に向かって邁進している最中であり、それを眺めて微笑んでいた私たちも、後を追っている。

幸せな人生は、幸せなひとときの積み重ねによって作られる。今日も、今この瞬間も、この具体的な目的地に向かって、努力を重ねて行きたいと思う。