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本業以外の仕事について

「歌姫」とも呼ばれていた、ある女性歌手が、数年前に自らのラジオ番組で問題発言をしてしまってから、しばらく活動を自粛していた。発言はたしかに軽率であり、直後に謝罪会見をしたものの、信頼を取り戻せるのは難しかった。

けれど、彼女の本業は歌手であり、ラジオ番組のパーソナリティとしてトークをするのはあくまでも副業だった。この点で彼女は世間から同情を買った。

本来の仕事に集中していれば、実力もあり、人気も頂点にあったものを、本業以外の仕事で軽はずみな言葉を発してしまったものだから、人格まで非難されることになってしまったのだ。おそらくそのラジオ番組も本人が「やりたい」と言って始まったものではないだろう。本人以外の誰かが企画した仕事に、事務所からの指示で行っていただけではないだろうか。

その結果、謝罪会見までして、仕事を自粛せざるを得なくなった彼女に、わたしも同情しないではいられない。

本業以外の仕事を依頼されると、新鮮な気持ちで引き受けてしまう。でも、やはり経験の乏しさ故に不明なことも多く、迷った結果のとっさの判断を誤ることもある。その際の誤りを「致命的な」問題として責め立てられるのは不条理でしかない。

これが本業の方での致命的なミスであればまだ納得できるし諦めもつくものを、本来の専門分野以外で起こることについては、不本意だったに違いない。


歌姫の彼女と違って、わたしには「これは」と取りあげられるほどの専門分野はない。それでも「これが本業」と決めているルーティンワークはある。この本業を日々丁寧にこなして行きたいと考えるにつけ、突発的にイベント的に加わる数々の副業的な仕事を、どんなふうにこなしていけばよいのか、その都度課題となる。

副業的な仕事といえども、経験を多数重ねたら腕を上げて専門的にこなせるようになるのかも知れないし、でもその場合、経験に要する時間や機会をどう捻出するか。そして現在「本業」と思って向かっている仕事がおろそかになりはしないか。集中力を欠いてしまうのではないか。

もちろん、すべての仕事を「これが本業」と言い切れたらよいのだけど、自分のキャパシティとも向き合いながら、自分の力を最大に生かせる仕事が出来たら、それが「本職」であり、しあわせのひとつでもあるんだろうなと、ぼんやり考えたりしている。